動物の行動にラベルを貼る長所と短所:Karolina Westlund博士

※この記事は、Karolina Westlund博士の許可を得て、日本語に翻訳・掲載したものです。

原題:The pros and cons of labelling animal behaviour
著者:Karolina Westlund, PhD

多くの動物の行動コンサルタントは、「ラベル」を貼ることに否定的です。

ラベルは役に立たないどころか、有害であると考え、断固として使わない専門家もいます。

「大げさじゃない?」と思われるかもしれません。確かに私は話を盛りがちですが、本気でそうかもと思うことがあるのです。

私は動物行動学者として、ラベルを使うことに何の疑問も持たず、何十年もごく普通に使ってきました。

しかし、行動分析の専門家と関わるようになって初めて、ラベルの問題点に気づかされたのです。

そのとき、2つの思いがよぎりました。

 「ラベルが害になることもあると知れてよかった!」
 「でも、ラベルの便利さを知らない人もいるんだな…!」

では、ラベルはいつ役に立つのでしょうか?

それは他の多くのことと同じで、状況によるのです。

ラベルは、便利なときもあれば、無意味だったり、ときには害を及ぼすこともあります。

私の考えでは、ラベルには「役立つものが3種類」と「有害なものが1種類」あります。

しかし、注目されるのはいつも「有害なラベル」ばかり…

だからこそ、今回このブログを書くことにしました。

そもそも「ラベルって何?」「なぜ問題になるの?」と思って、すでに読むのをやめた人もいるかもしれません。

そこでまずは、「役に立つラベル」から見ていきましょう。

動物行動学者は、ラベルをどう使うか?

私たち動物行動学者は、動物が「どんな行動をしているのか」を知るために観察を行います。

たとえば、フサオマキザルのアクティビティ・バジェット、つまり「1日の中で、どの行動にどれだけの時間を費やしているか」を明らかにしようとしているかもしれません。

動物行動学者は、熱帯雨林の中でしゃがみ込み、草木で隠れながら、双眼鏡越しにフサオマキザルの群れを観察しているかもしれません。
蚊に刺され、首の痛みに耐えつつ、じっとその行動を観察しているのです。

たとえば、あなたがフサオマキザルを観察し、彼らの行動を記録しなければならないとしましょう。

その際には、小声で音声録音をしたり、5分ごとに行動をメモしたり、10分間のあいだに特定の行動があったかどうかをチェックするといった方法があります。

このように、行動データの収集方法はいくつかありますが、多くの場合、最終的には略記(※短くした記述)を使って、特定の行動を記録することになります。

そしてその間、首の痛みや蚊の羽音を無視しながら、「マラリア予防薬、ちゃんと効いてるよね…」なんて思いがふと頭をよぎったりもするのです。

動物行動学では、連続する行動のまとまりを「行動システム(behavioral systems)」と呼びます。

そして実は、この「行動システム」も、広い意味ではラベルの一種なのです。

動物行動学の研究で役に立つかもしれない、いくつかの行動システム(ラベル)を紹介します。
これらの用語に馴染みのない読者のために説明すると:

・親和的(affiliative):あらゆる種類の社会的で友好的な行動を示すラベル。
・闘争的(agonistic):攻撃や優位性に関する行動をまとめたラベル(さりげない服従行動から、軽い威嚇、本格的な攻撃行動まで幅広く含む)
・採食(foraging):食べ物を得るためのあらゆる行動を示すラベル。
・自己メンテナンス(self-maintenance):自身の手入れに関するラベル。たとえば、羽づくろい、体をかく、お尻をぬぐう行動など。

こうした行動のまとまり、つまり行動システム(ラベル)は、思いつきで適当に決めているわけではありません。

エソグラム(ethogram)と呼ばれるリストに基づいて分類されます。

エソグラムとは、特定の動物種ごとに見られる行動をまとめた一覧表で、シンプルなものから非常に細かく分類されたものまでさまざまです。

たとえば、「親和行動」というラベルの下には、遊び、相互グルーミング、養育行動、性的行動といったサブカテゴリー(細分類)が含まれます。

さらに、「遊び」というサブカテゴリーの中にも、遊び声、メタシグナル(種特有の遊ぶの合図)、追いかけっこ、急な方向転換、飛びかかり、跳ねる、取っ組み合い、軽く噛むといった具体的な行動が細かく含まれています。

また場合によっては、「誰が追いかけた?」「誰が飛びかかった?」「どこを噛んだ?」「どのように役割が変化した?」
といった情報まで詳細に記録することもあります。

とはいえ、蚊に刺されて痒いときなど、「今のは飛びかかったのか、跳ねただけなのか、それとも左腕を噛んだのか?」といった細部まで正確に記録するのは難しいこともあるでしょう。

そのため、実際のフィールドでは詳細な記述を省略し、「遊び」や「親和的な行動」といったサブカテゴリーや行動システム単位で記録するのが一般的です。

観察結果をまとめると、たとえばこんなことが言えるかもしれません。

フサオマキザルの若いオスは、1日のうち14.6%の時間を「遊び」に使っているのに対し、若いメスはわずか7.1%しか遊んでいない。
(※これは実際の研究データです)

このように、動物行動学者は、「ラベル」を使って行動を記録・分析することが仕事なのです。

ただし、ここで使う「ラベル」とは、ある文脈(状況)の中で、似た機能を持つ明確に定義された反応のまとまりを、簡潔に表したものです。

この犬のエソグラム(行動一覧表)は、私が作成した下書きです。正直に言うと、私は犬を専門的に研究しているわけではないので、ここに挙げた行動が実際の観察にどれほど役立つのか、あるいは抜けている行動やカテゴリーがあるのかは分かりません。

でも、それはこの場では本質的な問題ではありません。私が伝えたいのは、「行動の分類は階層構造になっている」ということです。大きなカテゴリーの下にサブカテゴリーがあり、さらにその下に細かい分類がある。つまり、「ラベルの下にラベルがある」という考え方です。

なお、「グルーミング」「子育て」「性行動」などのサブカテゴリーには、本来さらに下にサブサブカテゴリーがありますが、この図では省略しています。また、すべての分類は、最も下の階層にある「動詞(具体的な行動)」から成り立っている点にも注目してください。

行動分析の専門家の中には、動物行動学の視点を軽視して「エソ・バブル(etho-babble)」と呼ぶ人もいます。

彼らの主張は、「動物行動学者が使うラベルは反証不可能で、科学的に意味をなさない」というものです。

でも私は、その主張にまったく同意できません。むしろこう言いたいのです。

ラベルを使わずに、たとえばアクティビティ・バジェット(1日の行動割合)のような動物の行動を分析しようとすると、明確に定義された何千もの個別の行動が並ぶことになります。

それぞれの行動には異なる出現頻度があるため、全体の中から意味のあるパターンを見つけ出すのは非常に難しくなってし
まうでしょう。

せいぜい、「追いかけた」後に「飛びかかる」行動がよく起こる、といった単純な関連に気づく程度かもしれません。

つまり、たとえ行動のかたまり(クラスター)に気づいたとしても、それにラベルがなければデータの意味を理解することは極めて難しいのです。

これはまさに「木を見て森を見ず」の状態、つまり細部ばかりに目を奪われ、全体像を見失ってしまうことを意味します。

だからこそ、私たち動物行動学者は、複雑な行動を整理し、理解しやすくするためにラベルを活用するのです。

いくつか例を挙げます:

  • 生後2〜8週の間に、1日あたり60分以上ヒトとポジティブなふれあいを経験した子猫は、15分未満しかふれあいがなかった子猫と比べて、成猫になったときに「親和的」な行動を示す傾向が高くなる。
  • 飼育下のサルに、エサを皿ではなく、地面にばらまいて提供することで、「異常行動」が減少する傾向がある。

これらの例に出てくる「異常行動」「ポジティブなふれあい」「親和的」といった言葉は、すべてラベルで、とても便利です。

ラベルを使えば、動物の生活の質を向上させるためのポイントを素早く見つけ、的確に介入することができます。

逆にラベルを使わなければ、それぞれの行動には異なる出現頻度があるため、全体の中から意味のあるパターンを見つけ出すのは非常に難しくなってしまいます。

ラベルがなければ、たとえ膨大な量の行動記録が手元にあっても、それをどう解釈すればよいのか途方に暮れてしまいます。

まるで、干し草の山の中から一本の針を探し出そうとするようなものです。

では、これほど便利なラベルを、なぜ多くの行動コンサルタントたちは嫌うのでしょうか?

その理由はひとつではなく、いくつかの問題が複雑に絡み合っています。

そして私は、行動にラベルを貼るときに陥りやすい「4つの落とし穴」があると考えています。

まず1つ目の問題は、動物行動学者以外の人々、特に行動分析家がよく出会うラベルの多くが、エソグラム(行動一覧)に基づいた科学的な分類ではないという点です。

たとえば「頑固な」「怠けた」「バカな」といった、否定的な形容詞がラベルとして使われてしまうのです。

問題その1:明確な定義の欠如
(Lack of Clear Definitions)

ラベルを使うときの大きな問題のひとつは、人によってその意味の受け取り方が大きく異なるという点です。

たとえば、「頑固」「怠けている」「頭が悪い」といったラベルを聞いて、「その動物はどんな行動をしていると思いますか?」と質問すると、返ってくる答えは人の数だけ違うかもしれません。

つまり、同じラベルでも、人によって想像する内容がまったく異なるのです。

その結果として、「ラベル」と「実際に観察される行動」との間にズレが生じてしまいます。

さらに深刻なのは、そうしたラベルが使われることで、その行動の「機能(目的)」や「文脈(起こっている状況)」といった重要な情報が見落とされやすくなることです。

たとえば、誰かが「この犬は支配的だ」と言ったとしても、実際には「犬が人間より先にドアを通った」というだけの出来事かもしれません。

…ここで少し話を脱線させてください。

この「支配的」という言葉について、私は以前からずっと違和感を抱いてきました。

支配性(dominance)についての補足

動物行動学における「支配性(dominance)」というラベルは、ある個体が特定の相手に対して資源への優先的なアクセス権を持っていることを指します。

これは性格のことではなく、観察や測定可能な「行動パターン」に基づいたものです。

もちろん、「誰が先にドアを通るか」といったことは、この定義とはまったく関係がありません。

しかし、多くの人がこの用語を動物行動学の定義ではなく、一般的な社会的意味合いである「他者を力で従わせる傾向」として使っています。

そして、その考え方をもとに、動物を力でコントロールすることを正当化しようとします。

ここではっきりさせておきましょう!

支配性とは、他者の行動をコントロールすることではなく、資源への優先的アクセス権を持っていることです。

実際に群れの中で序列が保たれるのは、優位な個体に対して下位の個体が対立を避けるよう行動するからです。

たとえば、目立たないように場所を譲るなどして衝突を回避する行動がよく見られます。

動物行動学では、こうした行動を「アンプロヴォークト・サブミッション(unprovoked submission)」や「ディスプレイスメント行動(displacement behaviour)」と呼びます。

※ここでの “displacement” とは、「ある場所から別の場所へ移動すること」を指します。全く同じ用語で、ストレスに起因する「転位行動(displacement behaviour)」としても使われるため、混同に注意が必要です。

インドネシアのティンジル島に生息する野生のカニクイザルの群れでは、「優位な個体」が特に何もしていないにもかかわらず、「下位の個体」が自然と道を譲るようにその場を離れる行動が観察されました。これは、対立や衝突を避けるための「ディスプレイスメント行動(場所を譲る行動)」の一例です。

ここで使用している「優位な個体(dominant)」や「下位の個体(subdominant)」という表現は、あくまで特定の2頭の関係性を示すものであり、その個体が群れ全体の中で何番目に位置するかといった序列を意味するものではありません。

たとえば、「下位の個体」とラベルを貼られたサルが、別のサルに対しては優位である可能性もあります。また、このようなディスプレイスメント行動が1回だけ観察されたからといって、それだけで個体間の順位関係を確定することはできません。たまたま移動しただけかもしれないからです。

ただし、私はこの群れを長期間にわたって継続的に観察・撮影してきました。その結果、特定の個体間ではこうした行動パターンが繰り返し観察できることが確認されています。したがって、今回の映像においても「この個体は優位、この個体は下位」と判断できる確かな根拠があるのです。

一般的に、安定した群れで順位制(Dominance hierarchy)が確立されている場合、攻撃的な行動はあまり見られません。

なぜなら「下位の個体」が自らエサや場所などの資源を、「優位な個体」に譲ることで、「優位の個体」はわざわざ威嚇しなくても、優先権を得られるからです。

もちろん、群れの中でまったく衝突が起きないわけではありません。

たとえば、群れに新しい個体が加わったり、順位争いが起きたりした場合は、接触をともなう攻撃(コンタクト・アグレッション)が発生し、ときにはケガをすることもあります。

しかし、順位関係が確定すれば、こうした衝突は減少し、儀式的な威嚇や、接触を伴わない威嚇行動が中心となります。

このように、攻撃的な行動は「支配関係」において、ごく一部の要素なのです。

また、支配関係に慣れていない人にとっては、下位の個体が示す「さりげない回避行動」に気づきにくいことも少なくありません。

こうした行動は、安定した群れにおける「順位制」が機能している証でもあります。

「順位制」が確立されていれば、資源をめぐって毎回争う必要がなくなります。

その結果、ケガのリスクが減り、捕食者への注意をおろそかにすることも少なくなり、無駄なエネルギーや時間を消耗せずに済むのです。

そのぶん、採食、遊び、毛づくろい、交尾といった行動に時間を使えるようになります。

繰り返しになりますが、動物行動学における「支配性(dominance)」とは、相手を力でコントロールすることではありません。

ですから、犬や馬の行動を力で制御し、「これは優位な個体のマネだ!」と主張するのは間違っています。

こうした強制的なアプローチは、動物行動学における「支配性」の定義ではなく、人間社会で使われる「他者を支配する」という社会学的な概念に基づいています。

本来、こうした手法は「支配性」ではなく、「コレクション(correction)」と呼ぶべきでしょう。

私の知るかぎり、犬や馬などの安定した群れで「支配関係」を示すとき、相手を力で従わせるようなアプローチをとることは、ほとんどありません。

「支配性」という概念を使いたいのであれば、動物たちが無用な衝突をしないように、資源(食べ物、場所など)をどう分配するかを工夫することこそが、本来あるべき視点なのです。

たとえば生活スペースが狭い環境では、「下位の個体」が、「優位な個体」に場所を譲ることが難しくなります。

その結果、「優位な個体」が資源を確保しようとして、当初は軽い威嚇で済んでいた行動が、次第に本気の攻撃へとエスカレートしてしまうことがあります。

ここで改めて確認しておきたいのは、「支配性(dominance)」とは、資源を誰が優先的に使用できるかという関係性を示すものです。

単なる、攻撃性や力の誇示とは異なります。

だからこそ、動物たちが不要な衝突をしないように、私たち人間が資源の分配方法を工夫する必要があるのです。

このような課題に対して、応用動物行動学(※動物行動学の知識を、飼育動物の生活の質の向上に応用する分野)は、次の3つの方法で対応することがあります。

①資源を十分に、かつ複数の場所に用意する

動物たちは「資源を分け合う」という行動をあまりしません。

そのため、たとえ群れで「最も順位が低い個体」であっても、安心して資源にアクセスできるような環境を作る必要があります。


たとえば、複数の動物に1か所で同時に食べ物を提供するような方法は、衝突や緊張を引き起こしやすくなります。

特に飼育下では、野生と違って生活スペースが限られているため、動物同士が自然に距離をとることが難しく、衝突がエスカレートしやすくなります。

だからこそ、資源の提供方法を工夫することが重要になります。

②十分なスペースを確保する

平面的な広さだけでなく、棚や段差などを取り入れて、立体的に移動できる十分なスペースを確保することも重要です。

このような空間があることで、たとえ「順位の低い個体」が「順位の高い個体」と出会ったとしても、ディスプレイスメント行動(※場所を譲る、避ける)をしやすくなり、トラブルを防ぐことができます。

③ 上位の個体に特別なごほうびを与えて「満足させる」

もうひとつの有効な方法は、飼育下の群れの「優位な個体」に特別なオモチャや食べ物など、魅力的な資源を独占的に与えることです。

こうすることで、その個体は「自分は特別!」と感じながら、与えられたものを持ち歩いたり、見せびらかしたりするようになります。

一方で、ほかの動物たちは、それほど人気のない資源を自由に使えるようになるため、自然と衝突が減少します。

この方法は、資源をめぐる攻撃性の軽減に役立ちます。

なぜなら、「優位な個体」は他の個体の行動を直接コントロールせずに、「資源の優先権」をコントロールする傾向があるためです。

そのため、「優位な個体」が夢中になるような魅力的な資源を与えるだけで、それに注意が集中し、残りの資源は「順位の低い個体」たちのものになります。

さて、話が脱線しましたが、ラベルの話に戻りましょう!

問題その2:根本的な帰属の誤り(Fundamental Attribution Error)

ラベルを使うときの2つ目の落とし穴は、そのラベルが実際の行動から切り離されてしまうことです。

「この子は怠け者だ」

この一言で、さまざまな行動をまとめて説明した気になってしまうことがあります。

しかし本来、行動は常に「状況によって変化」します。

ラベルを使うことで「なぜ、そのとき、その場面でその行動が起きたのか?」といった情報が見えにくくなってしまうのです。

本来ラベルは、「特定の状況下での特定の行動」を簡潔に示すものです。

しかし、いつの間にか“その子の性格”として扱われることがあります。

「問題行動」に直面している場面では、その行動の「本質」を理解することが不可欠です。

そのためには、「いつ」「どんな状況で」その行動が起きるのかを理解することが重要です。

ところが、ラベルが「動物の性格」として使われることが少なくないのです。

行動コンサルタントが現場でよく直面するのは、飼い主がラベルを「言い訳」として使うケースです。

たとえば、「この子は支配的だから仕方がない」といった発言が良い例です。

しかし実際は、その行動が特定の状況下で引き起こされていたり、ときには飼い主がその状況を作り出していることに、本人は気づいていないのです。

ここで重要なのは、「問題をどう理解するか」が「問題をどう解決するか」に大きな影響します。

ラベルを使うことで、問題の本質を見過ごし、ときには問題解決の妨げになります。

このように、環境の影響を軽視し、性格などの「内面の要因」ばかりに注目してしまう傾向のことを、「根本的な帰属の誤り(Fundamental Attribution Error)」と呼びます。

根本的な帰属の誤り(Fundamental Attribution Error):行動を理解するうえで、文脈(状況)の重要性に気づかないこと。
※画像出典:versusthemachines.com

つまり、ラベルを使うことで生じる問題の1つに、「根本的な帰属の誤り」があります。

この傾向は、人間の子どもに対してもよく見られます。

たとえば、「悪い子」「おかしい子」「できない子」といったラベルを、無意識のうちに使ってしまうことがあります。

親がイライラしているときには、子どもの困った行動を「性格のせい」だと決めつけてしまいがちです。

しかし実際は、その行動には何かしらの背景や状況などの“理由”があることがほとんどです。

そしてここから、ラベルの3つ目の問題へとつながっていきます。

問題その3:ピグマリオン効果/ローゼンタール効果
(the Pygmalion / Rosenthal effect

これは、いわゆる「自己成就的予言(self-fulfilling prophecy)」の問題です。

もし私たちが、ある行動にすぐラベルを貼ってしまうと、その後の観察に先入観が入りやすくなります。

そして無意識のうちに、ラベルを裏づけるようなことばかりに目が行き、逆にラベルと矛盾するようなことは見逃したり、無視してしまうのです。

ピグマリオン効果が動物の行動のラベルに関係する例:
私たちが動物に期待していないと、実際にその期待通り「できない行動」ばかりが目に入りやすくなります。

これは非常に重要なポイントです。

ちなみに、こうした「期待が結果に影響を及ぼす」問題は、科学分野の研究において「盲検法(blinded)」や「プラセボ(偽薬)」が必要とされる理由のひとつでもあります。

なぜなら、研究者や被験者が「どの処置を受けているか」知ってしまうと、無意識のうちに「こうなるはず」という先入観を持ってしまうからです。

その先入観は「プラセボ効果」として結果に影響を与えるだけでなく、データにも偏りをもたらします。

しかし、研究が「盲検化(※誰がどの処置を受けているのかを研究者も被験者も知らない状態)」されていれば、観察はより客観的で信頼性の高いものになります。

さらに、プラセボ効果を見極めるためには、比較のための「対照群」も設けられます。

これにより、プラセボによる影響と実際の効果とを明確に区別することができるのです。

こうした考え方は、動物の行動観察にも応用できます。

望ましくない行動を改善したいときには、その行動にラベルを貼って決めつけるのではなく、先入観を捨てて「何が起きているのか」を観察することが大切です。

そうすることで、先入観による間違ったアプローチをするリスクが減少します。

たとえば、「この犬は支配的だ!」と思い込んでいる飼い主がいるとしましょう。

その犬が先にドアを通ったり、ソファに座ろうとする飼い主に唸ったりするのを見て、「やっぱり!」と思うかもしれません。

しかし実は、その犬が関節炎を抱えていて、飼い主が隣に座ったときにクッションが沈むことで痛みを感じ、それが原因で唸っていたのかもしれません。

もっと詳しく学びたい方は、「動物の問題行動の予防と改善(Preventing and Resolving Unwanted Behaviour in Animals)」に関するオンラインコースも用意しています。興味があればぜひチェックしてみてくださいね。

問題その4:誤ったラベリング(Mis-Labelling)

ラベルを使うことによる4つ目の落とし穴は、「その行動が別の文脈に属しているのに、誤ったラベルを当てはめてしまうこと」です。

つまり、本来とは異なる意味でその行動を解釈してしまうということです。

たとえば、唸っている犬を見て「支配的」あるいは「攻撃的」と判断してしまうことがあります。

たしかに「唸り」は、攻撃行動へとつながる前段階のシグナル(※ディスプレイ)として使われることもあります。

しかし、ただ激しく遊んでいるだけということも珍しくありません。

犬は遊んでいる最中にも唸ることがあります。

つまり、「唸る=攻撃的」と安易にラベルを貼ってしまうと、実際には遊んでいるだけの行動を誤解してしまう可能性があるのです。

実際、「遊び」と「攻撃」を混同してしまう人は少なくありません。

犬の「遊び」の中には、攻撃行動に似た動きが含まれています。

しかし、使い方や順序が異なります。

そして通常、「遊び」は攻撃のようにエスカレートしません。

また、遊び上手な犬は、相手が小さい場合には自分の力を抑えたり(自己抑制)、追いかける側と追いかけられる側を交代しながら遊ぶ「役割交代」もします。

これらは本当の攻撃とはまったく違います。

さらに、犬は遊びであることを相手に伝える「メタ・シグナル(遊びの合図)」もよく使います。

誤ったラベリング:この動物が示すのは攻撃行動ではなく、親和的な「メタ・シグナル(友好的な遊びの誘い)」です。

たとえば、動物が遊びたがって親しみのある(友好的な)行動をしたときと、攻撃的または支配的な行動をしたときでは、私たちの対応はまったく異なります。

つまり、行動に間違ったラベルを貼ってしまうと、それに合わない対応をしてしまうリスクがあるのです。

だからこそ、ラベルで行動を決めつけるのではなく、「どんな行動が、どんな状況で起きているのか」を客観的かつ言葉で描写するほうが、安全で正確な判断ができるようになります。

行動分析学のアプローチ

ここまで紹介したような理由から、行動分析の視点で問題行動を捉える方法はとても価値があります。

具体的には、問題となっている行動の前後にどんな状況があったのかを丁寧に観察し、ラベルではなく「実際に動物がどんな行動をしているのか」を具体的に記述し、その行動を維持する強化子(または弱化子)を特定することは、問題行動を理解するうえで非常に有効的です。

このアプローチを使うことで、先ほど紹介した4つの「ラベルの落とし穴」に陥るリスクを減らすことができます。

実際、私がこれまでに出会ったすべての行動分析家は、ラベルに対して強い嫌悪感を示していました。

というのも、彼らは行動コンサルタントとして数多くの現場で、誤ったラベルを貼られることによって、問題解決を妨げたり、ときには問題を悪化させている様子を見てきているからです。

さらに、行動分析家たちはラベリングに対する、もうひとつの懸念点も指摘しています。

「循環論」の議論

ここから先は、「ラベルが過剰に批判されすぎている」と私が思う部分についてお話しします。

一部の人たちは「ラベルを使うのは循環論になるから、科学的に検証できない」とラベルを問題視しています。

しかし、私はこれには賛同しません。

たとえば、以下のような会話がよくその例として挙げられます。

「うちの犬は支配的なんです。」
「なぜ、そう思うの?」
「噛むからです。」
「なぜ、噛むの?」
「支配的だからです。」

このような循環論の例を見て、「だからラベルは使うべきではない」と、ラベルそのものを否定する声もあります。

確かに、このような堂々巡りの説明に、実際に出会ったことのある人もいるでしょう。

しかし、だからといって、すべてのラベルをひとまとめに「科学的ではない」と完全に否定してしまうのは、ある意味「根本的な帰属の誤り」と似たような思考の偏りと言えるかもしれません。

このような批判は、動物行動学における「ラベル本来の使い方」を大きく誤解しているでしょう。

あらためて説明すると、動物行動学におけるラベルとは「特定の文脈において、特定の結果と結びつく、一連の観察可能な行動」を簡潔に表すための略語のようなものです。

たとえば、以下のような動物行動学者どうしの会話が例として挙げられます。

「うちの犬は、あなたの犬より優位性があると思うの。」
「どうしてそう思うの?」
「2匹が一緒にいるとき、a・b・cといった資源に、うちの犬が優先的にアクセスしているからよ。」

このやりとりのどこに循環論があるでしょうか?
どこが非科学的だと言えるのでしょうか?

仮にクライアントが「うちの犬は支配的なんです!」といった場合、私たちにはいくつかの選択肢があります。

ラベルの使用そのものを避けてることもできます。

そして、「支配的」という言葉が本来どういう意味を持つのか、そして今「見ている行動」が、そのラベルに本当に当てはまるのかを一緒に考えてみることもできます。

さらに、ラベルを使う際の注意点を伝えたり、より実用的で誤解の少ない別のラベルに置き換えるという方法もあります(後ほど詳細に、ご紹介します)。

「ラベル」という言葉は、行動コンサルタントから必要以上に悪者扱いされているように感じます。

その背景として、ラベルに否定的な人たちが「ラベルの有用性」を十分に理解していなかったり、「うちの子は頑固で…」といった間違った使い方しか見たことがないからかもしれません。

しかし、ラベルの「悪い使い方」だけを根拠に、ラベルの価値をすべて否定してしまうことは正当とは言えません。

また、ラベルの正しい使い方を知らない人たちからの批判を、そのまま受け入れるべきでもないと思います。

たとえるなら、「正の強化を試してみたけど効果がなかった」という人の言葉を、そのまま鵜呑みにしてしまうようなものです。

さらに気になるのは、ラベルの「メリット」について、ほとんど議論されることがない点です。

これまで私は、「ラベルなんて棚に貼るものだ!」と言われたり、どんなラベルでも一切使わない、神経質に避けようとする人たちにたくさん出会ってきました。

しかし私は、「すべてのラベルを避けるべき」とは思いません。

むしろ、「有益なラベルと有害なラベルがあるからこそ、その見極めと使い分けを議論しよう」と考えています。

しかし残念なことに、行動分析や動物トレーニングの現場では、「ラベルは一切使うべきではない」という極端な考え方が、あたかも常識のように広まっているように感じます。

たしかに、一部の行動コンサルタントはクライアントにわかりやすく伝えるために、「距離を取ろうとする行動(distance-increasing)」や「距離を縮めようとする行動(distance-decreasing)」といったラベルを使うことがあります。

こうした表現は、強化子や弱化子を視点と別の視点で整理でき、行動分析の考えに忠実な人たちにも受け入れられやすいラベルだと思います。

ただ正直に言えば、私はこうしたラベルには少し情報が足りないと感じることがあります。

たとえば「距離を取ろうとする行動」と一言でいっても、「怖いから離れたい(不安・恐怖)」という場合と、「相手を追い払いたい(攻撃)」という場合もあります。

「恐怖」と「攻撃」では、身体の反応(生理的状態)も、知覚や判断、行動の選択もまったく違ってくると私は考えています。

そして、もしその行動の背景に「フラストレーション(欲求不満)」があるのだとすれば、当然ながら介入方法も変わってくるはずです。

だからこそ、必要に応じて「感情を表すラベル」も使ってみる価値があると考えています。

発想の転換:ポジティブなラベルや感情のラベルを意識的に使うという考え方

最後に、視点を変えて「ラベルをあえて使うことの意味」について考えてみましょう。

まず、ラベルにはいくつかの種類があります。

たとえば、否定的なもの(ex.バカ)、肯定的なもの(ex.うちの犬は賢い).

あるいは「本当はもっとできるのに…」という、期待が裏切られたことによって生じる「毒性」のあるラベルもあります。

私の経験上、ラベルに反対する多くの人は、「怠け者」「バカ」「意地悪」「頑固」など、否定的なラベルによる悪影響を問題視しています。

こうしたラベルは否定的な感情を引き起こしやすく、それによって私たちは動物を否定的に見るようになりがちです。

その結果、ピグマリオン効果(思い込みが現実になる)や、根本的な帰属の誤り(行動の背景を無視した思い込み)に陥る可能性が高まります。

そのため、多くの行動コンサルタントは、ラベルを避け、「今、何が起きているのか?」をできるだけ客観的に記述するよう勧めています。

先入観を持たないことで、より正確で中立的な観察ができるようになるからです。

しかし、ここで逆の発想も考えてみたいのです。

「肯定的なラベル」は、私たちと動物の関係に良い影響をもたらす可能性はないのでしょうか?

たとえば、「この子はとても賢い」とラベルを貼ることで、多少の失敗があっても「きっとできる」と信じて練習を続ける気持ちになれるかもしれません。

一方で、「どうせこの子はバカだから」と思っていれば、最初の失敗で諦めてしまう可能性が高くなります。

もちろん、過度な期待には注意が必要ですが、「肯定的なラベル」が、私たちと動物の絆を深め、大変なトレーニングを乗り越える大きな力になるかもしれません。

「この子はきっとできる!」と信じていれば、最初は上手くいかなくても、あきらめず続けられる可能性が高まります。

しかし「この子はどうせダメ…」と思い込んでいれば、簡単にあきらめてしまうでしょう。

つまり、ピグマリオン効果を逆手に取って、ラベルを「前向きな力」に変えることもできるのではないでしょうか。

私たちが「この子はきっとできる!」と信じることで、良い選択やポジティブな変化に自然と注目するようになります。

そして、望ましくない行動には、過度に注目しなくなるのです。

ピグマリオン効果を意図的に活用する:私たちが動物に対して高い期待を持っていると、その期待を裏づけるような行動がより目に入りやすくなります。

クライアントに動物への印象をポジティブなものへと導くための第一歩として、「この子のどんなところが一番好きですか?」と尋ねてみるのは、とても効果的です。

この質問によって、ポジティブなラベルが自然と見つかりやすくなり、ピグマリオン効果(期待が行動に影響を与える現象)を良い方向に活用できるようになります。

さらに私が有効だと感じているのは、「感情に関するラベル」を使うことです。

たとえば、「この子は怖がりなんです」「不安になりやすいんです」といったラベルを使うことで、その動物がどんな気持ちを抱えているのか、どんなサポートが足りていないのかに気づきやすくなります。

実際、「少し悲観的な傾向がある動物が、もっと楽観的になれるようサポートする」…

ただそれだけで、問題行動が自然と出なくなることもよくあります。(ここでも「悲観的」「楽観的」といったラベルが登場していますね!)

動物の行動を理解しようとするときには、ネガティブなラベルは使わないほうがよいでしょう。一方で、ポジティブなラベル、動物行動学に基づいたラベル、感情を表すラベルは状況によって有用なこともあります。

ここまでの内容をまとめると、行動分析の現場でよく言われる「ラベルは問題行動の解決に役立たない」といった意見を、すべてそのまま受け入れるのではなく、もう少し柔軟な視点を持ってみてはどうか、というのが私の提案です。

たしかに、「否定的なラベル」は問題行動の改善にはあまり役立たないかもしれません。

しかし、「動物行動学的なラベル」「感情に関するラベル」あるいは「肯定的なラベル」など状況によっては、これらが役に立つこともあります。

もちろん、このようなラベルを使うときは、ご紹介した「4つの落とし穴」を意識しておく必要があります。

ということで、これが今の私の考えです。

さて、あなたはどう思いますか?

ご紹介した「4つの問題」に、実際に遭遇したことがありますか?

あるいは、今回は触れていない、ラベルに関する別の問題を経験されたことはあるでしょうか?

「動物行動学的なラベル」「感情を表すラベル」「肯定的なラベル」など実際に使ったことがある方は、ぜひそのときのエピソードを教えてください。

「いつ、どんなふうに使い、どんな効果があったのか?」
あなたの経験を聞かせてもらえると嬉しいです。

参考文献:

・Banerjee, Arunita, and Anindita Bhadra. “Time-activity budget of urban-adapted free-ranging dogs.” Acta Ethologica 25, no. 1 (2022): 33-42.

・Benedetti, Fabrizio. “Placebo effects: understanding the mechanisms in health and disease.” Oxford University Press, USA, 2021.

・Jensen, Per. “The ethology of domestic animals 2nd edition: an introductory text.” Oxfordshire, CAB International (2009).

・Odendaal, J. S. J. (1997). ”An ethological approach to the problem of dogs digging holes.” Applied Animal Behaviour Science, 52(3-4), 299-305.

・Paukner, Annika, and Stephen J. Suomi. “Sex differences in play behavior in juvenile tufted capuchin monkeys (Cebus apella).” Primates 49 (2008): 288-291.

・Raudenbush, Stephen W. (1984). “Magnitude of teacher expectancy effects on pupil IQ as a function of the credibility of expectancy induction: A synthesis of findings from 18 experiments”. Journal of Educational Psychology. 76: 85–97. ・Stafford, Richard, Anne E. Goodenough, Kathy Slater, William S. Carpenter, Laura Co

Karolina博士は記事を随時更新しています。
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