- トレーニングしても問題行動が減らない
- 愛犬とよりよい暮らしを送る方法を知りたい
- L.E.G.Sモデルについて知りたい

私たちが暮らす現代ほど、犬と人との関係が急激に変化している時代はかつてありません。
SNSの普及により犬に関する情報が気軽に手に入り、「犬を家族として迎えたい」と考える人が増えています。
さらに、ドッグトレーナーや行動コンサルタントなどの専門家の数も年々増加し、飼い主が愛犬について学ぶ手段は書籍やオンライン講座、出張トレーニングなど多様化の一途をたどっています。
しかし、その一方で吠えや咬みつき、分離不安、破壊行動、恐怖症状―――
といった「問題行動」に悩む飼い主は後を絶ちません。
これほど学習や情報の機会が増えたにもかかわらず、なぜ問題行動が減らないのでしょうか。

かつて犬は、狩猟や番犬など「働く動物」として、広大な大地を走り回っていることが一般的でした。
しかし現在は、多くの犬は「ペット」として室内の限られたスペースで暮らしています。
そして、さまざまな刺激(目に入るもの、聞こえる音、においなど)を常に感じながら過ごしています。
犬にとってこれほど環境が激変した時代は初めてといっても過言ではありません。
こうした犬たちの生活の変化は、「犬が本来もつ欲求や本能」と、人間が求める「ペットとしての理想像」との間に大きなギャップをもたらしています。
実際、このギャップこそが「問題行動」が増えている一因と考えられています。

これまで、犬の問題行動は「飼い主のトレーニング不足」「犬の性格が悪い」といった捉え方をされがちでした。
しかし「飼い主か犬か、どちらが悪いのか」というシンプルな議論だけでは、問題の本質にたどり着けません。
犬の行動は、「学習プロセス、住環境、社会的刺激、遺伝的背景、健康状態、過去の経験」など、あらゆる要素が相互作用することで生まれます。
そのため問題行動を改善するためには、「犬の行動の意味を深く理解し、人社会とのギャップをどう埋めるか」という視点が不可欠です。
そこで注目されているのが、キム・ブロフィー(Kim Brophey)氏が提唱する「L.E.G.S.モデル」です。

海外では広く知られているものの、日本ではほとんど浸透していません。
しかしこのL.E.G.S.モデルには、「犬を人の思い通りにコントロールする」方法ではなく、「犬と人が互いに心地よく暮らす」ためのヒントが隠されています。
「私は科学者として、犬を中心に行動と進化を研究しながら49年以上(そして今もなお継続中)取り組んできましたが、L.E.G.S.モデルほど創造的で、想像力に富み、かつ的確に統合されたプログラムは見たことがありません。」
~Raymond Coppinger~
ethologist & evolutionary biologist 1937-2017

キム・ブロフィー氏のL.E.G.S.モデルは、以下4つの要素(頭文字をとってL.E.G.S.)を総合的に見ることで犬の行動を理解しようとするフレームワークです (Brophey, 2018)。
■Learning(学習)
■Environment(環境)
■Genetics(遺伝)
■Self(自己/個体の内的要因)
問題行動を含む、すべての行動の背景には、これら4つが複雑に絡み合っています。
つまり、上記の1つだけを変えても根本的な解決には至りにくいということです。

多くの飼い主は「犬の学習=トレーニングの時間」と考えがちです。
しかし、犬を含むすべての動物にとっては、「24時間365日」学習の連続です (Chance, 2013)。
そのため、トレーニングの時間以外にも、多くの学習をしています。
飼い主が「行動のしくみ(ABA)」を正しく理解することで、犬の望ましい行動を引き出しやすくなるでしょう。

本来、犬は広い自然のなかを探索し、自由に動き回り、ときには人と一緒に仕事をして生きてきた動物です。
しかし都市化が進んだ現代では、ほとんどの犬が室内で暮らし、「外出(散歩)のタイミング・場所・時間」など、すべて飼い主にコントロールされます。
たとえば、散歩の場所を犬が選べないということは、一部の犬にとっては非常にストレスに感じているかもしれません。
特に、都会には「車やバイク、人混み」などの過剰な刺激があふれています。
つまり、刺激が多すぎて、犬がキャパオーバーになってしまう可能性があるということです。
犬を含むすべての動物の行動は、「環境」に強く影響されます。
そのため、行動を変化させるには、環境を変化させることは必要不可欠です。

犬は長い年月をかけて人工的に交配されてきました。
その結果、犬種によって行動特性や欲求が大きく異なります (Brophey, 2018)。
■牧羊犬:動くものを追いかける行動
■レトリーバー系:物をくわえて運ぶ行動
■テリア系:小動物を追いかける行動
こうした犬種特有の欲求や行動パターンを完全に抑え込むのは非常に難しい傾向があります。
むしろ、その本能を建設的に発散できる環境や遊び方、トレーニング方法を提供するほうが、問題行動のリスクを下げる近道になることがあります。
「犬種というラベルがもたらす弊害には最初は懐疑的でしたが、ブロフィー氏が一般論と個々の違いを巧みに扱う様に、すぐに感銘を受けました。彼女の本は、犬と人の双方の視点から役立つ情報と、必要とされる期待値の再調整を提供してくれます。」
~Dr. Susan Friedman~

同じ犬種であっても、年齢、性別、健康状態、社会化の度合い、過去のトラウマなどにより行動傾向は大きく変わります。
たとえば、同じ母犬から生まれた子犬でも、子犬の頃の経験によって、恐怖や警戒心の出やすさに差があります。
保護犬であれば、過去に虐待や怖い思いをした経験から、わずかな刺激にも強い不安を示すことがあります。
ほかにも、「問題行動」は、痛み、病気などの健康問題が原因で引き起こされることが多くあります (Overall, 2013)。
こうした個々のバックグラウンドを理解することで、行動の意味を深く理解することができます。

「なぜ噛むのか」「なぜ吠えるのか」という表面的な行動だけでなく、その奥にある学習や環境、遺伝、そして自己(個体の内的要因)を理解することこそが、本当の意味での問題行動の改善へとつながるのです。
キム・ブロフィー氏は、犬と人がストレスなく暮らすためには、この4つの視点をバランス良く取り入れることが不可欠であると提言しています(Brophey, 2018)。

L.E.G.S.モデルを初心者でも簡単に取り入れられる方法をご紹介します。

まずはあなたと暮らす動物について、次の4つの視点で現状を書き出してみましょう。
Learning(学習) | 例) ■これまでどんなトレーニングや学習の機会があったか? ■応用行動分析学で用いられる「ABCシート」を簡単に作り、行動を客観的に記録してみる。 |
Environment(環境) | 例) ■生活スペースの広さや刺激は適切か? ■散歩やアクティビティの時間は十分確保できているか? |
Genetics(遺伝) | 例) ■犬種特有の行動傾向や体力はどうか? |
Self(自己) | 例) ■痛み、病気、ホルモンバランス、過去のトラウマなど、特別にケアすべき要因はないか? |
これらを紙に書き出していくだけでも、「ここが足りていなかったかもしれない」「この点に配慮が必要なのでは」と、新たな気づきが得られるはずです。

4つの「L.E.G.S.」を洗い出したら、次は改善できそうな項目を1つだけ選び、を少し変えてみましょう。
Learning(学習) | 例) トレーニングの方法や、強化子の種類、タイミングを変えてみる。 |
Environment(環境) | 例) 窓から見える人に頻繁に吠えるのであれば、窓に目隠しシートを貼る。 |
Genetics(遺伝) | 例) 犬種特有の欲求を、遊びやエクササイズで発散させる。 |
Self(自己) | 例) 痛みや病気の可能性を獣医師に相談する。 |
こうした小さな変化でも、動物が感じるストレスが大きく減り、問題行動が和らぐ可能性があります (Overall, 2013)。
L.E.G.S.モデルの要素を取り入れる第一歩は「動物の行動を総合的に捉える視点」を持つことです。
行動記録や環境調整、犬種・個体特性の理解を少しずつ重ねることで、犬との関係はきっと良い方向へ変化していきます。
「キムが犬の行動に関して、実践で使える動物行動学への素晴らしい理解と応用こそ、ドッグトレーニング界全体が待ち望んでいたものです!」
~Michael Shikashio, CDBC~
私たち人間は気づかないうちに、犬の「問題行動」の原因を作り出しているかもしれません。
そもそも、犬にとって自然な行動が、私たちの価値観では「問題」とみなされているケースも多々あります。
ときには犬をコントロールしようとするのではなく、犬を理解して環境を整え、人間側も学習をする姿勢が大切です。
犬は“生き物”です。
機械ではないので、絶対に成功する修理方法(万能なトレーニング方法)があるわけではありません。
「犬をコントロールする方法」よりも「お互いにとって心地よい生活を送る方法」を考えるほうが、長期的な幸福につながるでしょう。
ぜひ日々の暮らしの中でL.E.G.S.モデルを思い出しながら、動物たちが本当に必要としていることは何かを考えてみてください。
参考文献
・Brophey K (2018) Meet Your Dog: The Game-Changing Guide to Understanding Your Dog’s Behavior. Chronicle Books.
・Chance, P. (2013) Learning and Behavior. 7th edn. Belmont, CA: Wadsworth Cengage Learning.
・Ministry of Environment (2020) ‘Annual Report on the Statistics of Animal Protection Centers in Japan’.
・Overall K (2013) Manual of Clinical Behavioral Medicine for Dogs and Cats. Elsevier Health.